4月24日、あなたが道端でふと目にする草花にも、じつは一人の日本人がつけた名前が残っていることをご存じだろうか。
しかもその中には、愛する妻の名前をつけた植物まであるのだ。ロマンチックすぎる話だが、これは実話である。
4月24日は「植物学の日」。「日本の植物学の父」と呼ばれた牧野富太郎博士の誕生日にちなんだ記念日だ。今日はこの偉大な植物学者にまつわる、思わず「へえ〜」とうなる雑学を紹介したい。
4月24日が「植物学の日」である理由
4月24日が「植物学の日」とされているのは、文久2年の旧暦4月24日(新暦でいうと1862年5月22日)に、植物分類学者の牧野富太郎が、土佐国佐川村(現在の高知県高岡郡佐川町)で生まれたことにちなんでいる。
別名「マキノの日」とも呼ばれ、2023年にはNHKの朝ドラ「らんまん」の主人公・槙野万太郎のモデルとしても一気に有名になった人物だ。名前を聞いたことがある人も多いのではないだろうか。

独学で「植物学の父」になった男
牧野博士のすごさは、まずほぼ独学で植物学を極めたことにある。小学校も中退し、それでも生涯を植物研究に捧げ、最終的には東京帝国大学(現在の東京大学)の助手、のちに講師にまでなった。
正規の大学教育を受けていない人間が、日本の植物学の頂点に立った——これは当時のアカデミックな世界では相当な異例だったという。「好き」を極める、という言葉がこれほど似合う人はなかなかいない。
94歳まで現役、生涯で発見した植物の数は?
牧野博士は94歳で亡くなる直前まで、日本各地をめぐって植物を採集し続けた。その生涯で作成した標本はなんと約40万点超え。新種・変種あわせて約2,500種を発見・命名したといわれている。
そして驚くことに、現在も多くの植物に牧野博士がつけた学名が使われている。春の散歩道で見かけるあの花も、もしかすると牧野博士が命名した植物かもしれない。そう思うと、道端の雑草まで少し特別に見えてこないだろうか。
妻の名前をつけた植物「スエコザサ」
牧野博士のエピソードで特に有名なのが、妻の名前を新種の笹につけたという話だ。
博士は仙台で新種の笹を発見し、これに「スエコザサ」と命名した。亡くなった妻・寿衛(スエ)さんへの感謝をこめた命名である。
寿衛さんは、牧野博士の研究にかかる莫大な費用のために苦労を重ね、借金取りから逃れるために何度も引っ越しをしながらも、博士を支え続けたという。その献身があったからこそ、牧野博士は研究に打ち込めた。
「私の草木の知識の中、半分は亡き妻の賜物である」——そんな想いとともに、妻の名が永遠に植物の名として残ったというのは、なんだかグッとくる話である。
日本人が最初に学名をつけた植物とは?
もう一つ、牧野博士の偉業として忘れてはいけないのが「ヤマトグサ」である。
1889年、牧野博士はこのヤマトグサに学名をつけた。これが日本人が日本の植物に学名をつけた最初の例とされている。
それまで日本の植物は、欧米の学者によって命名されるのが当たり前だった。それを日本人の手で初めて名づけた——これは日本の植物学にとって、まさに画期的な出来事だったのだ。
身近な植物にも牧野博士の影響が
春のこの季節、ちょっと外に出て足元を眺めてみてほしい。タンポポ、スミレ、レンゲソウ、オオイヌノフグリ……。それらの名前の裏には、牧野博士を含めた植物学者たちの地道な研究の積み重ねがある。
「この草、なんていうんだろう?」と気になったら、図鑑を開いてみるのも楽しい。『牧野日本植物図鑑』は今も植物愛好家のバイブルとして読み継がれており、博士の丁寧な観察眼とユーモラスな文章がじっくり味わえる一冊だ。
まとめ:一輪の花に、壮大な物語がある
4月24日の「植物学の日」。今日は牧野富太郎博士の人生と功績に思いを馳せながら、道端の草花に目を向けてみてはどうだろう。
足元に咲く一輪のスミレにも、それを発見し、名づけ、記録してきた誰かの情熱が宿っている。そして、愛する人への想いが植物の名として残ることもある——ちょっと泣ける話ではないだろうか。
次に誰かと散歩するとき、「4月24日は植物学の日でね、妻の名前を植物につけた学者がいるんだよ」と切り出してみてほしい。きっと、会話が少しだけ豊かになるはずだ。


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