緑の森で獲物に忍び寄るなら、体も緑色のほうが有利に思える。それなのに、トラは遠くからでも目立ちそうな鮮やかなオレンジ色だ。
実は、そのオレンジ色はシカなどの獲物には、人間と同じようには見えていない。7月29日の「世界トラの日」に、トラのしま模様と色に隠された驚きの仕組みを見てみよう。

7月29日は「世界トラの日」
世界トラの日は、野生のトラが置かれている状況を広く知ってもらうための国際的な記念日だ。2010年に始まり、毎年7月29日に世界各地でトラの保護について考える取り組みが行われている。
野生のトラは、密猟や森林の減少などによって生息地を失ってきた。トラを守ることは、一頭の人気動物を残すだけではない。トラが暮らせる広い森を守れば、同じ場所に生きる多くの動植物も一緒に守られる。

トラは何種類もいるようで「1種」
ベンガルトラ、シベリアトラ、スマトラトラ。名前を並べると、別々の種類に見える。しかし、生物の「種」という大きな分類では、トラは1種である。
これらの名前は、同じ種を地域や体の特徴でさらに細かく分けた「亜種」の名前だ。寒い地域に暮らすアムールトラは体が大きく、長く厚い毛を持つ。熱帯の島に暮らすスマトラトラは比較的小型で、しま模様の間隔も狭い。
人間は、国という地域で特徴が違うだけで人間は人間。トラも同じように、亜種とは、暮らす土地に合わせてコートを着替えたように姿が違うだけで、地域ごとに積み重なった環境への適応を記録した、自然のご当地版なのである。

オレンジ色が獲物には緑っぽく見える
人間の目は、赤・緑・青に対応する三つの仕組みを使って、さまざまな色を見分けている。一方、トラの主な獲物となるシカなどは、主に二つの仕組みで色を見る「二色型色覚」を持つ。
そのため、シカはオレンジと緑を人間ほどはっきり区別できない。人間には鮮やかなオレンジ色に見えるトラも、シカの見え方では周囲の緑に近い色となり、森や草むらへ溶け込みやすいのである。
私たちが「目立ちすぎでは?」と思うのは、人間の見え方だけで判断しているからだ。カモフラージュの成績を決めるのは、着ている本人ではなく、それを見る相手なのである。

<想像図>
黒いしまは体の輪郭をばらばらにする
トラの黒いしま模様には、体の輪郭を分かりにくくする働きがある。背の高い草や木漏れ日の影にしまが重なると、頭、胴体、脚という形が一続きに見えにくくなる。
大きな動物が一頭いるのではなく、細い影が何本も並んでいるように見せる「目の錯覚」だ。これは動物の模様だけでなく、迷彩服などにも応用される考え方である。
トラは長距離を走って追い回すより、茂みに隠れて獲物の近くまで忍び寄る。WWFによると、獲物へ20メートルほどまで接近してから飛び出すこともあり、狩りの成功は10回に1回程度だという。あの模様は、貴重な一回を成功させるための装備なのだ。
しま模様は一頭ずつ違う
トラのしま模様は、人間の指紋のように一頭ずつ異なる。まったく同じ模様のトラはいないため、研究者は写真に写ったしまを比べて、どの個体なのかを見分けられる。
森に自動撮影カメラを設置し、通りかかったトラを左右から撮影する。過去の写真と模様を照合すれば、「以前にも来た個体だ」「別の場所へ移動した」といった行動を調べられる。
しま模様は、獲物から姿を隠す迷彩であると同時に、人間にとってはトラの身分証明書でもある。隠れるための模様が、調査では見つける手掛かりになるのが面白い。
動物園では顔だけでなく脇腹を見よう
動物園でトラを見る機会があれば、顔の迫力だけでなく、肩や脇腹のしま模様にも注目してみよう。枝分かれしているしま、途中で切れているしま、文字のように見えるしまなど、個体ごとに特徴がある。
明るい場所では目立って見えても、日陰や草の近くへ移動した瞬間、輪郭が急に分かりにくくなることもある。立つ場所や光によって迷彩の効き方が変わる様子を、自分の目で確かめられる。
見えている色は相手によって違う
トラのオレンジ色は、人間には派手な警告色のように見える。しかし、獲物の目を通せば、森に隠れるための色へ変わる。同じ景色でも、動物によって見えている世界は同じではないのだ。
7月29日に誰かへ話すなら、こう伝えてみよう。「トラがオレンジ色でも、シカには森へ溶け込んで見えるんだよ」。トラのしま模様は美しい飾りではなく、森で生きるために磨かれてきた、世界に一着だけの迷彩服なのである。
参考資料
World Wildlife Fund「Tiger Conservation」
WWFジャパン「これを読めばトラ博士?」
WWFジャパン「トラを1頭1頭見分けるには?」
Smithsonian’s National Zoo「Tiger」
University of Bristol「Camouflage study」


コメント