劇画は漫画と何が違う?『ガロ』が変えた表現

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「劇画」と聞くと、濃い顔、鋭い目、太い線で描かれた迫力満点の漫画を想像する人が多いかもしれない。だが、劇画は単に“絵が劇的な漫画”という意味ではない。

かつて漫画が子どもの読み物と思われがちだった時代に、大人向けの物語や現実的な表現を届けるために生まれた新しい呼び名だった。7月24日の「劇画の日」に合わせて、漫画と劇画の境目をたどってみよう。

7月24日が「劇画の日」と呼ばれる理由

7月24日は、1964年に漫画雑誌『月刊漫画ガロ』が創刊された日にちなみ、「劇画の日」と呼ばれている。

『ガロ』を創刊したのは、貸本漫画の出版に携わっていた編集者の長井勝一。当初は白土三平の作品を中心に掲載し、1964年12月号から長編『カムイ伝』の連載が始まった。

誌名の「ガロ」は、白土三平の漫画に登場する忍者「大摩のガロ」から借りたものだという。外国語のしゃれた言葉に見えるが、実は忍者の名前だったのである。

そもそも「劇画」という言葉は誰が作った?

劇画という言葉を生み出した人物として知られるのが、漫画家の辰巳ヨシヒロだ。

明治大学の米沢嘉博記念図書館によると、貸本短編誌『街』第12号に掲載された辰巳の作品「幽霊タクシー」の扉絵に、「劇画」という文字が使われたのが最初の用例とされている。

当時の「漫画」という言葉には、明るい、面白い、子ども向けといった印象が強かった。そこで、映画のような構図や間、社会の暗い部分も描く物語を区別するため、「劇」と「画」を組み合わせた新しい看板を掲げたのだ。

商品そのものを変えるだけでなく、名前を変えて受け取られ方まで変える。今風に言えば、新しいジャンル名を作る“ブランディング”でもあった。

漫画と劇画はどこが違う?

実は、漫画と劇画を分ける厳密な線はない。劇画も大きく見れば漫画の一種であり、作品によって表現はさまざまだ。

ただし、初期の劇画にはいくつかの傾向があった。人物や背景を現実的に描く、セリフだけで説明せず表情や沈黙で見せる、犯罪や貧困、差別など重い題材も扱う、といった特徴である。

たとえば、人物が驚く場面を考えてみよう。漫画なら目を大きくして「えーっ!」と叫ばせる方法がある。一方、劇画では目元のアップ、汗、握りしめた手、無言の一コマを続けて緊張を見せる。どちらが優れているという話ではなく、読者に感情を伝える方法が違うのだ。


漫画風


劇画風

このような映画的な見せ方は、現在の少年漫画や少女漫画にも広く取り入れられている。そのため今では、「ここからが劇画」と簡単に分けにくくなっている。

『ガロ』は自由な作品の実験場だった

『ガロ』が特別だったのは、人気が出そうな作品だけをそろえる雑誌ではなかったことだ。白土三平の『カムイ伝』を柱にしながら、水木しげる、つげ義春、辰巳ヨシヒロなど、独自の表現を持つ作家たちが活躍した。

また、新人や貸本漫画の衰退で発表場所を失った作家にも門戸を開き、編集側が作品へできるだけ干渉しない方針を取ったとされる。売れ筋の型から外れた、不思議な作品や実験的な作品も誌面に載った。

現在なら、個人がインターネットで作品を発表できる。しかし当時は、雑誌に載らなければ多くの読者へ届けることが難しかった。『ガロ』は、普通の商業誌ではこぼれ落ちそうな表現を受け止める、大きな発表の場だったのである。

大学生が漫画を読むのは珍しかった

『カムイ伝』は、忍者の物語を通して身分や社会の仕組みを描いた長編だ。娯楽だけでは終わらない内容は、当時の大学生から強い支持を集めた。

今では大人が電車で漫画を読んでいても珍しくない。しかし1960年代、漫画は子どもが読むものという見方がまだ強かった。劇画や『ガロ』の登場は、漫画が大人の悩みや社会問題も扱えることを示し、読者の年齢を広げる一つの力になった。

現在の青年漫画、社会派漫画、作者の個性を前面に出した作品が当たり前に読める背景には、こうした先人たちの実験がある。

劇画は「漫画を卒業する言葉」ではなかった

劇画という名前は、漫画と差別化させるためにできた。漫画の可能性を狭いイメージから解放し、「こんな物語も絵で描ける」と示すための言葉だった。

7月24日に漫画を読むなら、絵柄だけでなく、無言のコマや視線の向き、場面の切り替えにも注目してみよう。映画のカメラのような見せ方が見つかれば、そこには劇画が広げた表現の影響が残っているかもしれない。

誰かに劇画と漫画の違いを聞かれたら、『劇画は、大人向けのリアルでシリアスな漫画表現。漫画は、子供向けの明るくデフォルメされた表現。』と答えておこう。

参考資料

明治大学 米沢嘉博記念図書館「吾妻ひでお展」展示資料
明治大学 米沢嘉博記念図書館「内記稔夫展」展示資料
パリ日本文化会館「ガロの時代 1964年-1974年」

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