日本三景は投票で決めてない?江戸時代から続く絶景

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松島、天橋立、宮島といえば、日本を代表する絶景「日本三景」。では、この三か所はいったい誰が、どんな審査で選んだのだろうか。

実は、現代の観光ランキングや全国投票で決まったものではない。始まりは江戸時代初期、ひとりの儒学者が書物に残した言葉だった。7月21日の「日本三景の日」に合わせて、知っているようで知らない三つの絶景の秘密を見ていこう。

日本三景の始まりは江戸時代の一冊

日本三景の名付け親とされるのは、江戸時代の儒学者林春斎である。林春斎は1643年に書いた『日本国事跡考』の中で、松島・天橋立・厳島、現在の宮島を「三処奇観」と記した。

「奇観」とは、珍しく優れた眺めという意味。つまり、点数をつけて1位から3位までを決めたのではなく、「この三か所は特に見事だ」と書き残したことが、後の日本三景につながったのだ。

旅行予約サイトも写真共有アプリもない時代に書かれた一文が、約380年後の今も日本の定番観光地を表している。そう考えると、江戸時代の口コミの影響力は驚くほど大きい。

なぜ7月21日が「日本三景の日」?

7月21日は、林春斎の誕生日にあたる。松島、天橋立、宮島の関係自治体や観光協会でつくる日本三景観光連絡協議会が、この日を「日本三景の日」と定めた。

面白いのは、景色が最も美しく見える季節や、三か所の記念日を足した日ではないことだ。三つの景観を世に広めるきっかけを作った人物の誕生日が、記念日になっているのである。

三つの景色に共通するもの

松島、天橋立、宮島は遠く離れているが、共通点がある。それは海の青、松の緑、島や砂州がつくる独特の形だ。

松島は「たくさんの島」を眺める景色

宮城県の松島湾には、大小およそ260の島が浮かぶ。日本三景の松島は、特定の一つの島を指すのではなく、島々と海が組み合わさった風景全体が主役だ。見る場所や時間によって島の重なり方が変わり、朝日や月明かりでも違う表情を見せる。

天橋立は「海を分ける一本の道」

京都府の天橋立は、海の上を細長く延びる砂州に松並木が続く景観だ。有名なのが、展望台で景色に背を向け、股の間からのぞく「股のぞき」。上下が逆になった景色は、天へ昇る龍や空に架かる橋のように見えるといわれる。

普通なら「正しい向きで見ましょう」と言われそうなところだが、わざと逆さにするのが正式な楽しみ方の一つ。日本三景の中でも、見る人のポーズまで名物になっている珍しい場所だ。

宮島は潮の満ち引きで姿が変わる

広島県の宮島では、嚴島神社の大鳥居が海に立つ姿がおなじみだ。潮が満ちると大鳥居や社殿が水に浮かんでいるように見え、潮が引くと海だった場所を歩けることもある。

同じ位置から見ても、訪れた時刻によって景色が大きく変わる。宮島観光では天気だけでなく、潮の時間を調べると楽しみが増えるのである。

三景に順位はあるの?

「日本三景の中でどこが1位?」と聞きたくなるが、もともとの日本三景に公式な順位はない。松島は島の重なり、天橋立は砂州と松並木、宮島は信仰の歴史と海上の社殿というように、見どころの種類が違うからだ。

食べ物にたとえるなら、寿司、天ぷら、そばのどれが一番かを決めるようなもの。それぞれの良さが違うので、順位よりも「三つそろって日本らしい景観」と考えるほうが自然だろう。

景色は「名前」が付くと長く残る

美しい場所は全国に数え切れないほどある。それでも日本三景が何百年も知られているのは、林春斎が三か所をまとめ、覚えやすい形で後世へ伝えるきっかけを作ったからだ。

7月21日は、写真で三つの景色を見比べるだけでも面白い。海と松という共通点を探しながら眺めると、離れた絶景が一つの組み合わせに選ばれた理由が少し見えてくる。

誰かに日本三景を聞かれたら、場所だけでなく「江戸時代の一冊から広まったんだよ」と付け加えてみよう。いつもの観光クイズが、約380年をまたぐ歴史の話に変わるはずだ。

参考資料

日本三景観光連絡協議会「日本三景 公式サイト」
松島観光協会「日本三景の日について」

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